
健康経営という言葉が普及し、職場のメンタルヘルスに関心を持つ経営者の方が増えてきました。
〈メンタル不調ゼロ目標の潜在的な危険性〉
健康経営への関心が高まることは確かに前向きな動きなのですが、経営者が「メンタル不調者ゼロ」
という絶対的な数値目標を掲げてしまうと、実は職場環境に大きな歪みが生じてしまいます。
優秀な経営者ほど、組織管理を数値化・可視化することに長けており、
メンタルヘルスも同じロジックで管理しようとする傾向があります。
しかし、人間の心身の状態は、単純な数値で表現できるものではなく、むしろ数値目標を掲げることで
逆効果が生まれてしまうのです。
〈「言いにくさ」が生み出す悪循環〉
「メンタル不調者ゼロを目指している」という目標が職場に周知されると、従業員の心理的な抵抗感が生まれます。
ちょっと気分が優れない、疲れが取れない、やや焦燥感を感じているといった軽微な不調を感じていても、
その状況を上司や人事部門に相談することが気まずくなってしまいます。
なぜなら、相談することが「目標達成を妨げる行為」「会社に迷惑をかける行為」のように感じられてしまうからです。
その結果、従業員は自分の不調を隠し続け、本来は初期段階で対応できたはずの問題が、
やがて重篤化してしまうケースが増えるのです。
これは数値目標の弊害そのものです。
〈職場環境が抱える矛盾〉
さらに問題なのは、メンタル不調ゼロという目標が表面的には達成されているように見えても、
実際には多くの従業員が無理をして出勤し、本来のパフォーマンスを発揮できていない状態が
生まれていることです。
統計上は「不調者がいない職場」として見えても、職場の雰囲気は決して健全ではなく、
むしろ互いに監視し合い、弱みを見せられない緊張感に満ちています。
これでは健康経営の本来の目的からは遠く離れてしまっています。
〈求めるべき職場環境の本質〉
目指すべき職場は、むしろ「ちょっと調子が悪い時に、その旨を気軽に相談できる環境」です。
従業員が心身の小さな変化に気づいた時点で、上司や同僚に「最近ちょっと疲れ気味なんです」
「プレッシャーを感じています」と言いやすい職場文化が醸成されていることが重要です。
そうした相談しやすさがあれば、問題が小さいうちに対処でき、結果として重大な不調は防ぐことができます。
また、相互に助け合いやすい職場では、一人が困っている時に周囲がサポートしやすくなり、
チーム全体の結束力や心理的安全性も高まります。
〈生産性への好循環〉
この相談しやすさと相互扶助が文化として根付いた職場では、逆説的に、実は組織全体の生産性が大幅に向上します。
従業員が無理をしないため、個々の健康状態が比較的良好に保たれ、創造性や思考力も発揮しやすくなるからです。
また、心理的負担が軽くなることで、仕事そのものへの満足度や組織への帰属意識も高まります。
これが本当の意味での「健康経営」であり、その結果として高い生産性が得られるというわけです。
つまり、「メンタル不調ゼロ」という直接的な数値目標を掲げるのではなく、
「相談しやすい職場」「助け合える職場」という質的な目標を掲げ、
その文化づくりに注力することが、実は最も実効的で、かつ組織全体の発展につながるアプローチなのです。